第二尚氏王統 |
安土桃山時代
江戸時代
明治時代 |
1600頃
1700頃
1800頃 |
F尚寧
(1589〜1620)
G尚豊
(1621〜1640)
H尚賢
(1641〜1647)
I尚質
(1648〜1668)
J尚貞
(16699〜1709)
K尚益
(1710〜1712)
L尚敬
(1713〜1751)
M尚穆
(1752〜1794)
N尚温
(1795〜1802)
O尚成
(1803)
P尚?
(1804〜1834)
Q尚育
(1835〜1847)
R尚泰
(1848〜1879) |
・野國總管、甘藷(さつまいも)を伝える
(1605年)
・冊封使来琉、尚寧を王に封ずる
(1606年)
・島津氏、幕府の命令により尚寧王に来聘を促すが応じず
(1608年)
・島津の琉球侵攻
(1609年)
・「掟15条」が申し渡される
・尚豊、島津氏の承認を得て即位する。以後承認を得ることが慣例となる
(1621年)
・儀間真常がはじめて黒糖を製造する
(1623年)
・那覇に大和在番仮屋が設置される
(1628年)
・慶賀使はじめて遣わす(江戸上りの開始)
(1634年)
・宮古・八重山に人頭税が課せられる
(1646年)
・遠見番の制度を定める
・黒糖・ウコンを専売とする
・「中山世鑑」を編集する
(1650年)
・農民の首里・那覇・泊・久米への移住禁止
・首里城焼失
・羽地朝秀、摂政となる
(1666年)
・家譜の編纂はじまる
(1690年)
・蔡鐸「中山世譜」を編集
(1690年)
・丑年の大飢饉
(1701年)
・首里城を再建する
・「琉球国由来記」編集される
(1713年)
・7代家継即位の慶賀を派遣。程順則、新井白石などと会見
(1714年)
・蔡温三司官となる
(1728年)
・薩摩から製陶の技法が伝わる
(1731年)
・「琉陽」・「遣老説伝」が完成する
(1745年)
・将軍家治就任の慶賀使派遣
(1764年)
・八重山で明和の大津波おこる
(1771年)
・八重山で大飢饉起こる
(1772年)
「琉球科律」制定される
(1786年)
・イギリス船ライラ号、アルセスト号来航
(1816年)
・大飢饉起こる
・「新集科律」編纂する
(1831年)
・将軍家慶就任の慶賀使派遣
(1842年)
・フランス艦船アルクメーヌ号来琉
(1844年)
・宣教師ベッテルハイム来航
(1846年)
・ペリー率いるアメリカ艦隊来航
(1853年)
・ロシアのプチャーチン来航、琉米修好条約に調印する
(1854年)
・牧志・恩河事件
(1859年)
・琉球藩の設置
(1872年)
・清国「琉球処分」について日本政府に抗議
(1878年)
・「琉球処分」敢行、沖縄県の設置
(1879年) |
・関が原の戦い
(1600年)
・徳川家康が征夷大将軍となる
(1603年)
・平戸に商館を開く
(1609年)
・幕府がキリスト教を禁止する
(1612年)
・大阪夏の陣、豊臣氏が滅びる
(1615年)
・参勤交代の制度を定められる
(1635年)
・島原の乱(天草一揆)がおこる
(1637年)
・鎖国の完成
(1639年)
・慶安のお触書が出る
(1649年)
・由井正雪の乱おこる
(1651年)
・武家諸法度を改定し殉死を禁じる
(1663年)
・徳川綱吉が将軍となる
(1680年)
・赤穂浪士の仇討ち
(1702年)
・新井白石の改革
(1709年)
・徳川吉宗が将軍となる
(1716年)
・享保の改革
(1716年)
・享保の大飢饉
(1732年)
・公事方御定書が定められる
(1742年)
・田沼意次が老中となる
(1772年)
・天明の大飢饉
(1782年)
・松平定信の寛政の改革
(1787年)
・間宮林蔵が樺太を探検する
(1808年)
・異国船打ち払い令が出る
(1825年)
・天保の大飢饉
(1833年)
・大塩平八郎の乱
(1837年)
・水野忠邦の天保の改革
(1841年)
・ペリー浦賀に来る
(1853年)
・日米和親条約
(1854年)
・日米修好通商条約
(1858年)
・安政の大獄
(1858年)
・桜田門外の変
(1860年)
・幕府が長州を攻める
(1866年)
・大政奉還
(1867年)
・戊辰戦争
(1868年)
・廃藩置県
(1871年)
・沖縄県の発足
(1879年) |